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CLIL SAITAMA(旧名称)

Current Practices and Future Perspectives of Content and Language Integrated Learning (CLIL) in Japan

CLILは、次第に注目を集めています。本サイトは、笹島茂がかかわるCLILの実践やつぶやきを集めたものです。参考にしてください。

CLILアンケート調査


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2014年4月24日木曜日

ドイツの「アートを英語で学ぶ」

2月の終わりから3月にかけてドイツとオランダのCLILとIBの現状を見て来た。一つだけ、ここで報告しておこう。

ドイツのオルデンブルク(Oldenburg)で参観したLearning English through the Arts(LETTA)というセミナーのことだ。

LETTA

内容は、「アートという科目を通じて英語を学ぶ」ということを、養成課程で学ぶ学生が集まって考えるセミナーだ。ドイツ、ポーランド、リトアニア、トルコからの学生が60人ほど集まって英語でやり取りをしながら、それぞれの国の教育環境や状況を理解しながら、「どう教えるか」(didactics)を実践的に考える2週間のセミナーだ。

背景には、アートの授業が英語で行われているという実態がヨーロッパであるということだ。つまり、アートのCLILだ。絵を描く、何かを作る、音楽や踊りをする、などなど、よく考えてみると、確かに、CLILの要素を多く含む活動が自然にできる。英語を使ったとしても、実体や行動として示すので、ことばが理解しやすい。

集まった学生たちは、英語の教師になるという人とは限らないようだ。将来は様々であるが、このセミナーに関心を示して集まった。基本は小学生や中学生にアートをどう教えるかというコンセプトだが、ただ講義を聞くというよりも、ワークショップや発表を重視し、まさに、このセミナー自体がCLILとなっている。

さらに、おもしろいことに、集まっている人全員が英語を母語とした人ではない点だ。バイリンガルやトライリンガルの人はいるかもしれないが、英語は母語ではない。しかし、焦点は、英語という言語ではない。あくまで、アートである。主催はオルデンブルク大学の先生たちであるが、エラスムスというEUの基金で運営されている。

私は、最初の3日間だけ出席しただけであるが、参加者は、それぞれの国の人といっしょにCLILを考えるという文化交流を楽しんでいるようだった。もちろん、ドイツ以外の国の人はドイツを知るという意味で有意義だし、ドイツのオルデンブルクの学生は、トルコ、リトアニア、ポーランドなどの学生から刺激を受ける。単に、学生が集まり、英語のトレーニングや英語教育を学ぶよりは、このほうがおもしろいと感じた。

日本でこのようなセミナーを、中国や韓国の学生や先生同士でやってはどうかとセミナー中に考えた。英語を教えることだけで集まるのではなく、やはりCLIL的な内容を研修するのである。しかし、スポンサーはいないからおそらく無理だろうと思った。ヨーロッパは懐が深い。

オルデンブルク大学のゲーリング教授が音頭をとってこのセミナーを主催している。かなりの労力だろう。他の大学の先生も引率として参加している。2週間はたいへんだ。しかし、学生にとっては貴重な催しである。CLILに期待するものが大きいのだろう。

ドイツのCLILは、教師は2科目を教えるという背景に支えられている。また、ドイツ語やドイツ文化を大事にするという姿勢もしっかりとしている。私は、このセミナーで、日本はこれに学ぶべきと考えた。つまり、バイリンガルだ。もちろん、ドイツ語は英語に近い言語であり文化的にも近い。それに比べると日本語は言語も文化も遠い。それはそれとして受け入れて、英語のCLILを日本語を大切にしながら学ぶという方向で考える。英語だけで教えるとか考えずに、CLILを考える。アートならば様々な活動が工夫できそうだ。


2014年3月8日土曜日

沖縄・名桜大学でCLIL

2月20日に沖縄の名桜大学に招かれてFDセミナーでCLILについて話した。名桜大学では、私が話すまでもなく、すでにバイリンガル教育を実施して実績をあげている。大学の雰囲気も沖縄らしくゆったりとした時間が流れているような気がした。特に、CRLA(College Reading and Learning Association)という学生同士で学習を互いに支援するシステムが機能していることに感心した。今回も大変勉強になった。いつものとおりだらだらと記録しておきたい。

さて、FDセミナーであるが、私の話で使用したスライドは本ブログからダウンロードしていただきたい。大学でのCLILということで、昨年三重大学で話したことと重複する。私が強調したい点は、CLILの導入によってドラスティックに英語力が伸びるということは考えにくいということだ。しかし、CLILによって教師も学生も英語や言語に対する見方が大きく変わる可能性があると言いたい。CLILは教育(pedagogy)なのだ。名桜大学にはその素地がすでにあると思う。


私に依頼してくれた先生は公衆衛生の小川先生だ。小川先生は英語の必要性を肌で感じ、学生にもそれを伝えたいと強く考えているようだ。『CLIL Health Sciences』の教科書を見て、CLILに何かあると考えたのだろう。期待に応えられたかどうかは定かではないが、ぜひ小川先生によるCLIL、名桜大学のCLILの発展を祈念したい。

名桜大学のセミナーの主催者は渡慶次先生だ。渡慶次先生は中学の教師をされていたので、教育のことがよく分かっている。研究としてのCLILではなく実践としてのCLILを展開してくれるとありがたい。「英語で英語を学ぶ」のではなく、「英語も学び、将来必要となる知識や技能を英語で学ぶ」というCLILを実践し、CLILの名桜大学としてはどうかと思う。

そこで、バイリンガル教育や内容重視指導(CBI)とCLILのことを少し整理したい。日本でCLILを実施する場合は、やはりバイリンガル教育になるだろう。しかし、これまでのバイリンガル教育とは異なるコンセプトで実施する必要がある。また、単に扱う題材内容やトピックに焦点を当てた指導ともやはり一線を引くべきだろう。

注目するのは、学習者の思考(cognition)である。バイリンガル教育や内容重視指導(CBI)という言語教育の視点を脇に置いて、学習者は何を考えているのかに焦点を当てる。つまり、英語を活用することの意味、英語で学ぶことの意味、英語が上達することの意味を、学習者自身が考える機会を作る。授業で英語を話す、プレゼンテーションができる、ディベートができる、などの表面的なプロダクトだけを見るのではなく、プロセスを教師は考慮する。そのような学習者の思考の活性化を促す工夫をする。

バイリンガル教育や内容重視指導(CBI)も、教材や言語活動に焦点を当てがちであり、ともすると教師主導になる。バイリンガルであれば、母語と目標言語の使用の割合を気にしたりする。CBIであっても、内容と関連して語彙や文法などの指導を考えてしまう。そのような展開を変える意味でも「思考」に焦点を当てる。

次に、「コミュニケーション」である。コミュニケーションは英語でできれば英語ですればよいが、学習者によってはそれが負担となる場合もある。その場合、言語は別にして、コミュニケーションを優先する。意味のやりとりが重要だからだ。混乱するかもしれないが、このような状況から次第に目標言語である英語に移行することを教師がアレンジする。

さらに、「内容」はもちろんであるが、用語を覚えたり、知識を詰め込むことに重きを置くと受動的な展開となり、学習者にとっては「言語」を使うことには結びつかない可能性が出てくる。ここで大切なのが「タスク」ということである。もっと簡単に言えば、学習者がどのような活動をするかを教師がどう演出するかである。

私はこの活動については学習者の特性にある程度ゆだねることが大切だと考えている。つまり、あまり型にはまった活動を提示にしないほうがよいと思っている。何が起こるかわからないということが大切で、学習者自身がいろいろと考えることが「文化」ということにつながると思う。

さて、FDセミナーの後、写真のように名桜大学の先生方と会食した。こちらはとても有意義で、いろいろと教わりました。感謝です。また機会があればぜひお邪魔したいと思いました。名桜大学のCLILに期待します。


翌々日からドイツに調査で出かける用事があったので、沖縄を堪能したかったが、翌日早々に引き上げたが、CLILを広めるためならばどこへでも行きたいと思っている。教師生活もあまり残されていないので、これがさいごの仕事の一つと決めている。

2014年2月15日土曜日

CEFRとCLILについて最近思うこと

埼玉のあたりでは先週に続いてまたまた大雪です。

2月10日(月)に都立の翔陽高校というところの研究発表会に招かれて行ってきました。先週の大雪の後で準備などがたいへんだったようですが、指導主事の先生をはじめ、たいへんよいチームワークで研究された様子が理解できました。

主題は、「生徒が思考力・判断力・表現力等を育むためのタスク活動の評価の在り方」という設定されたテーマですが、単に型通りの研究ではなく実のある内容で、関係する生徒にとってはありがたいことだったと思います。

主たる課題は、CAN DOリストを授業でどのように効果的に利用するかについての工夫でした。CEFR-Jを利用し、タスク活動をどのように展開するかというものです。この流れは、CEFRのもとであるCLTの実践からすれば当然のことですが、日本の英語授業環境ではなかなかむずかしいところで、みなさん同様の悩みを抱えていると思います。

当日は、研究授業がありました。先生も生徒も大雪の影響で思い通りの進度ではなかったので、たいへんでしたが、生徒は熱心に課題に取り組んでいました。いい授業を見せてもらいました。

そこで考えたことをちょっとここでメモさせてもらいます。(いつものことですが、文章は推敲をしていませんので、誤字脱字、分かりにくいところ、誤解などがあると思いますが、ご容赦ください)

私は、10年以上CEFRを研究してきました。また、ほぼ同様にCLILについても調査してきました。CEFRとCLILは互いに直接関係していませんが、政策と現場でよくつながりを持っている実践だと考えています。その意味から、タスク活動はCLILがよいと思っています。

CLILは定義があいまいで、何でも含みます。そこが特徴です。つまり、タスク活動にCLIL的な考え方がおおいに効果があります。少し乱暴な言い方をすると、日本でよく行われている文法訳読式授業はCLIL的に展開できます。日本の英語授業で「英語で授業をすれば英語力が向上する」といのはあまりにも短絡的で、決して得策ではなく、逆に、CLILの理念を取り入れて、従来からの文法訳読的な授業形態をCLIL的に変えていくほうがうまく行くのではないかと思います。

というのは、授業の目標、授業の人数、学校環境、社会環境、教師の職能と特性などを考えると、日本語と英語のバイリンガルで、内容とことばの両方に焦点を当てた学習を展開することが、学習者にとっても教師にとっても「心地がよい」し、ニーズに合っています。タスク活動を欧米的な考え方だけで構築することは、いままでのCLTの失敗を繰り返すだけになるかもしれません。

そんなことを考えました。

高校の喫緊の課題は、やはり、大学進学率や有名校への進学であり、学力向上や部活動実績などで一人ひとりの進路実現であり、将来につながることです。英語のニーズは、基本的に受験に必要な力の育成でしょう。英語がただ話せるだけでは、先がありません。英語の先にある知識内容が重要になります。

CAN DOは、「〜ができる」ですが、「現在完了形を使って〜ができる」ではなく、「歴史や地理を理解するために、どのくらい以前に、どこで、だれが、何をして、それが今の時代にどう影響しているのかについて〜ができる」というように、内容や行動に関係するほうが分かりやすいでしょう。それは英語教師からすると、言語的に何をどう教えてよいか複雑になり、すっきりしないかもしれません。しかし、現実はそうです。

では、どうするかということになります。そのヒントがCLILにあると思います。

CEFRに関しては、私自身も二つの日本文脈化のプロジェクトにかかわりましたが、現時点ではあまり細かくレベルを分けるのは得策ではないと思っています。6レベルのような大雑把な分け方がベストのようです。細かいレベルの設定やそのレベルを測定するということは、研究者としては興味深いことですが、学習者としてはそれほど大切なことではありません。学習者としては、「英語を使って、大学で経済の勉強ができる」「英語を使って、レストランで働ける」などという具体的な尺度のほうが大切です。

その点から、CEFRとCLILはつながります。




2014年2月7日金曜日

すっかりご無沙汰

どうもすみません。

多忙で、すっかりご無沙汰してしまいました。どっこい、CLIL SAITAMAは生きています。

昨年の夏から秋から冬にかけて、何をしていたのかを報告します。私の学術的な専門は、

言語教師認知(Language Teacher Cognition)

です。その関係から、CLILに実践的に興味を持っているというのは、あちらこちらで言っています。教師に会いに出かけ、授業を見て、話を聞く、ということをしています。CLILというのは、いわゆる外国語教師とはちょっと異なる視点で教えることが多いし、学習者も違った意識で学ぶということがあります。

9月から11月にかけて、学会がらみで、スウェーデン、フィンランド、ドイツなどに出かけて、それをして来ました。いずれ調査結果はまとめたいと思いますが、文献だけを見て判断するのはとは違い、状況は様々だということがよく分かります。でも改めて思うのは、

CLILはおもしろい!

ということです。

しかし、誤解してもらいたくないのは、CLILには何も特別で魔法のようなメソッドがあるわけではありません。CLILで使われている多くの活動例は、様々な効果的と思われる社会構成主義から生まれてきている一連の考え方から来ています。さらには、見逃してはいけないのは、外国語授業とは違う要素がたくさん入っているということです。だから、おもしろいのです。

フィンランドのヘルシンキ大学で、Heini-Marja Jarvinen先生と何度か話し合いました。彼女が編集した次のCLILのハンドブックは、言語教師の視点からCLIL の実践的な活動をまとめたものです。

Handbook Language in Content Instruction 

一読してみてください。

CLILに関しては、様々に関心をもたれて、興味のある方が声をかけてくれます。私はどこへでも時間があれば出かけるようにしています。それほど話が上手ではないので、うまく伝えられないことが多いのですが、中にはとても興味を持ってくれる人がいるのでうれしく思っています。

今年は、JACET(大学英語教育学会)主催で、カナダのRoy Lyster先生を招き、下記のテーマで、サマーセミナーを開きます。必ずしも、会員でなくても参加できますので、興味ある方は参加してください。

CLIL and Content-based Language Teaching:
New global perspectives on bilingualism and immersion
CLILと内容基盤型言語教育:グローバルの視点からのバイリンガルとイマージョン)

8月18日(月)〜21日(木)
群馬県草津温泉のホテル

興味ある方は、笹島に問い合わせください。

それから、Oxford Dayで昨年の秋に一度CLILについて話しました。興味ある方はスライドが下記のサイトからダウンロードできます。


ということで、活動しています。

2月、3月は、またヨーロッパに行って調査してきます。


2013年7月19日金曜日

三重大学FDセミナー

三重大学国際交流センターおよび高等教育創造開発センター主催のFDセミナーに招かれて参加した。私の話の資料は、本ブログから興味ある方はダウンロードしていただきたい。

私の話というよりは、後半に行われた3つの模擬授業がとても中身があり、興味深く拝見させていただいた。多くの大学は、グローバル人材の育成ということもあり、「英語で授業をする」という課題に直面しているようだ。その課題の一環としてCLILに興味を持っていただき、実践しようとされている。

それぞれの専門の先生方の努力が肌で伝わる内容でとても勉強になった。ここではそのことについて書かせてもらう。

英語を使って仕事をしている人はたくさんいる。専門の先生方も英語はある意味で必須なのだと改めて感じた。実は、これが最も大切だと思った。それぞれの分野で英語は必要であり、それは、私のように高校教育の中で英語を教えていた人間とはちょっと違うスタンスだということを強く感じた。それとともに、専門の分野で英語を使っている人が、学生に授業として展開することの難しさも感じた。CLILはそれを補ってくれる学習のはずだが、いかんせん日本という状況の中でどうするかがいまだに課題だ。模擬授業はおおいにそのヒントを与えてくれた。

まず、一つ目の模擬授業は、医学部の内容である。私は、模擬授業を見ながら、この内容は学生は食いつくと思った。多少むずかしそうな語彙が使われているが、たぶん医学生にとってはたいへん興味深い内容で、おそらく疑問も持つ。そこで、ポイントはどう授業の中で学生が英語で活動するかにある。CLILの原形を見たような気がする。いまの学生は、単に講義を聞いただけではおそらく満足しない。私だったらどうするかを考えた。たぶん、私だったら、もちろん私は医者ではないのでほとんど内容は分からない。しかし、それを基盤として、学生に私に説明させるようなタスクにするだろうと考えた。そのためには、thromobosisについて彼らは自分で資料を調べ、考えるはずである。可能であれば、その話題でdiscussionもできるだろう。さらには、ポスターやパンフレットも作成できる。ブログも可能だ。学生が疑問を持てば、自分で解決する。教師の役割は、英語という言語に関するサポートと調べるためのアドバイスである。

医学の知識を持っている教師のアプローチは違うのではないだろうか。おそらく内容に関するやりとりが英語でできるはずだ。先生が質問を出す。それに学生が答える。それだけはなく、学生に質問させて、先生が答えるという活動も可能である。専門の資料を用意し、それに補足することも可能であろう。その際には、発音や文法などを気にするのではなく、意味に集中することだと思う。学生は最初はなかなか英語を話せないかもしれないが、「英語を使って」専門の内容を英語で考える場を与えれば、次第に英語を使うようになるのではないか?このような模擬授業を少しずつ展開すれば、学生はきっと満足するはずである。その意味から、英語の教員と専門の教員が連携することは必要かもしれない。

次は、工学系の模擬授業だった。Digital Image Processingの導入である。これも工学系の学生にとってはほぼ分かるだろうと思ったし、率直におもしろいと思った。医学関連の模擬授業とほぼ同様の印象を持ったが、とにかくスライドが工夫されていておもしろい。英語であろうが日本語であろうが学生の興味関心は変わらないように思う。問題は、それが成績や評価につながるという際に、英語が苦手な学生は英語に対するアレルギーを持つ可能性があるかもしれないということだ。

フィンランドで、英語が苦手な工学系学生の英語補習授業を見たことがある。さすがフィンランドの教育だと思った。3〜4人の学生相手に英語の先生が、工学系の内容を話題に英語で授業をしていた。ときどきフィンランド語を入れながらであるが、学生は熱心に英語力をあげようと参加していたのが印象的であった。問題は、やはりニーズだ。英語ができないと彼らは仕事がないから必死である。

CLILはその環境を学生に与えるアプローチだと考えている。模擬授業にはその可能性を感じた。無理して英語ばかりにこだわる必要がなく、工学系では英語は必須で、かつ、そのほうが分かりやすい。ポイントは、工学の技術をコミュニケーションするのに英語のほうが役に立つということを、学生に分かってもらうことだろう。模擬授業はそれを十分に伝える内容だったように思う。

さいごは、言語学を英語で教えるという、私の仕事にも共通する課題である。実はこれが最もむずかしいと勝手に考えていた。言語について英語で教えると言った場合、言語学を勉強している学生を対象とするので、ある程度動機付けがなされていると考える。そこで英語で教えるということはごく当たり前で自然であるが、そこでコミュニケーションを図るためにはどうするかである。日本語と英語の違い、言語の働き、人の認知と言語などなど、おそらく興味を持っている人には興味深い内容となるが、医学や工学のような展開とは違う展開を考えなければいけないだろう。言語学を話題としてどう学習者同士がコミュニケーションを図るか?その話題とコミュニケーションが別の社会的な場面でどう応用できるのか?おそらくそのあたりに言語学をCLILで行うカギがあるのではないかと考えた。「言語を意識する」という活動は重要だと思う。英語でも日本語でも言語に関する意識をしっかりと持てるようにすれば、学習者は自律してことばを学ぶのでないだろうか?何にでも応用可能であろう。

しかし、現時点で私にはこれに対する明確なCLILのイメージができない。言語学の内容と英語を統合する意味がうまく見いだせないからだ。「英語で授業をする」場合にも、文法などは母語で教えることが多い。その方が効率がよいからだ。それでも、この授業は私にとって刺激的でたいへんおもしろかった。

というわけで、まとまりませんが、三重大学でのFDセミナーに講師として参加する機会があり、私のCLIL実践にとってはたいへん有意義な一日でした。どこかで招かれれば、私はどこにでも行きます。

乱筆乱文失礼(あとでまた加筆します)。




2013年6月30日日曜日

古くて新しい教育ーCLIL

6月29日(土)目白大学外国語教育研究会にてCLILの話をした。発表資料はこのブログに置いてあるので興味ある方は見ていただければと思います。今回は、「古くて新しい教育ーCLIL」と題して、CLILの概略的なことを話し、教材について紹介した。

目白大学の言語文化学部の修士課程の学生の人たちと一般の方が聴衆だった。私の話だけではなく、日本語教育を専門とする池田先生の話と、修士課程を終えて人たちの体験談があった。貴重な機会であり、楽しく話させてもらった。

話の中でも触れたが、CLILはプリミティブな教育だと思っている。特にヨーロッパで広がるCLILを日本で実施するということはなおさらである。「プリミティブ」という意味で、「古くて新しい」とCLILに冠をつけた。私自身は、このブログでも何度か触れているが、CLILを研究の対象とするよりも、実践の対象として興味を持っている。ヨーロッパのCLILをそのまま日本で実施しようとも思わないし、CLIL自体にとらわれた授業実践をするつもりもない。実際ヨーロッパで私が見たCLILは様々であり、最初にメソッドがある訳ではないようだ。様々な状況に応じて教師が工夫すればよいのだと思う。こうしなければいけないと考える必要もないだろう。その意味から、CLILはプリミティブと考えている。ぜひ、多くの教師が関心を持って、いままでとは違う「学び」を考えてみてはどうだろうか?そんな趣旨で話をした。

私自身もCLIL的な授業をしている。CLILとは言えないかもしれないが、私自身はけっこうイケテルと思っている。自分の教え方にCLIL的な要素を取り入れている。ぜひ、いろいろな「学び」の場にCLIL的な観点をもって、「何かの知識や技能(content)を、目標とする学習言語を媒介としてコミュニケーション(communication)しながら、考え工夫しながら思考力(cognition)を高め、文化的な面も含めて学びの場(culture, community)をとおして、言語のしくみ(language)を理解しながら、学ぶ」機会を、教師は学習者に提供してほしいと考えている。

私にはカリスマ性もなく、話も決して上手ではない、英語教師としては英語力も専門的な知識もそれほど優れているわけではない。授業も人に見せて、授業の達人と言われることもない。ましてやCLILの達人でもない。CLILの授業の模範を見せることもできない。それでも、『英語教育』の記事にも書いたが、「CLILはおもしろい」と思っている。学習者の反応がある程度あることと、自分の教え方にも合っているからだろう。すべての教師や学習者がCLILをよいと思うことは当然あり得ない。教師は本当に様々で自分の教え方を変えることはほとんどない。それはそれでよいのだが、ちょっと教え方に迷っている人はCLIL的な授業をしてみてはどうかと思う。

今回の研究会に一人の目白大学ではない学生が参加していた。聞くと、CLILに関心があるそうだ。教師も目指しているそうなので、ぜひ研究なり実践なりをしてみたらと話した。若い人が関心を持ってくれるくれることはとてもうれしい。今回の一番の収穫だった。また、ある中学校でCLILを実践しようと計画している話をある人から聞いて、いよいよ中学校でもCLIL的な授業実践が始まると思った。これも収穫だ。後は、大学や大学院でCLILの教員養成講座が始まることだと思った。

本研究会を主宰してくれた鎧屋先生、渡部先生、岡先生はじめ目白大学の先生方に感謝したい。

2013年6月17日月曜日

小学校外国語活動におけるCLIL実践とその展開

6月16日、青山学院大学で開かれた大学英語教育学会(JACET)の関東支部大会で、池田真先生(上智大学)、山野有紀先生(上智大学大学院生)と「小学校外国語活動におけるCLIL実践とその展開」という演題で、シンポジウムを行いました。

明日一番の発表にもかかわらずたくさんの方が参加され、有意義なシンポジウムとなりました。発表スライドは、本ブログに掲載しましたので、興味のある方はダウンロードしてください。

シンポジウムを終えた感想を簡単に述べておきましょう。小学校の外国語活動に関係する人はますます増えていると実感するとともに、たぶん何かを求めている人が多いのではないかと思いました。私自身は直接小学校の英語教育を実践しているわけではありませんが、10年ほど前からずっと興味を持ってアジア、ヨーロッパを中心に、特に教員研修に関心を持って調査しています。その調査からCLILに行き着いています。私の中では、小学校で外国語を指導することは議論の余地のないことで、あまり小学校の英語教育は必要か必要でないかというような議論には参加したくはありません。

子供にとっては、母語、外国語と分けるよりも、単に「ことば」ということで、言い方を換えれば、「コミュニケーション」であり、コミュニケーションをすろとなれば、内容をともないます。そのためには、「考える」ことが必要です。学びという面から考えれば英語を学ぶことは当然ではないでしょうか?CLILにはその要素がすべて入っています。

しかし、私自身CLILにあまりにも肩入れするわけではありません。大切なことは、学習者が満足できる学習の場を教師が提供することですから、方法論にこだわる必要はないと思っています。

そのような点から、このシンポジウムでは、山野先生が実践の報告をしてくれました。進んでいるなと強く感じました。池田先生は、CLILの研修の枠組みを提示し、具体的な内容に触れてくれました。ちょっと時間が足りなかったですが、CLILが小学校の外国語活動に適する一つの有効なアプローチであるということは伝わったと思います。

今後もますます多くの小学校の先生がCLIL的なアプローチに関心を示して、こどもにとって有益な外国語活動を展開してくれることを願ってやみません。